バリ旅行記

2002年の4月から一月、アメリカから彼氏が沖縄まで遊びに来る事になった。ついでに二人でアジア旅行をしようという事になり、どこに行こうかと迷った。僕は前々から日本の隣の韓国や中国に行きたいと思ってたのだけど、彼はシンガポールに興味を持っていた。シンガポールに行くなら、タイあたりもいいだろうと、その辺の情報をちかくのツーリストまで聞きにいった。ツーリストの人は、シンガポールよりもバリがいいのでは?と提案した。僕は、バリがどこにあって、どういう所なのかという知識がなかったのだけど、つい最近、知合いがバリ観光へ行ってきて、とても良かったと話してた記憶があった。そして、旅先をどこにしようか悩んでいるという事情を日記で報告したら、掲示板で「バリお勧め」のカキコがあり、ゲイビーチもあるような事が書いてあったので、バリ行きを決意した。沖縄からだとどうしても台湾経由が便利なので、ついでに台湾にも寄る事にした。

バリを勧めてくれたNBさんからは、その後もいろいろと情報をもらい、大体どういうところなのか見当がついた。何よりも彼が勧めてくれた、個人旅行シリーズのガイドブックがとても役に立った。バリという島は南半球にあり、イスラム教が支配するインドネシアに属しながらも、インドから伝わったヒンドゥー教を維持し、独自の文化を保っているとのことだった。

たまたま我々がバリに到着した次の日がニュピという祭日にあたり、24時間ホテルの敷地から出る事が許されなかった。なんでもその夜は、悪い霊が島を通り過ぎるらしく、おとなしく家に閉じこもってないと災いがあるということだった。滞在期間は9日あったし、風邪で体調も悪かったので、一日の外出禁止は苦ではなかったし、バリの文化を味わういい機会でもあった。

バリは人口300万と沖縄の3倍ぐらいで、面積も沖縄の3倍ぐらいだったと思う。割と小さな島だ。数キロぐらい海岸線に沿って開発された南部のクタという地域に観光ホテルは集中していて、残りの島はまるで時間が止まってしまったかのように、のどかというか昔ながらの風景を維持してるようで、懐かしさがある。クタはバリのワイキキビーチといったところだった。

バリで驚かされるのは、その物価の安さ。空港からホテルまでのタクシーは2ドルぐらいだったと思う。海沿いの中級ホテルも一泊45ドルだったし、レストランの食事も一人5ドルぐらいで十分足りた。バスのような交通機関はないものの、クタ近辺を移動するならば、タクシー1ドルぐらいで済むので、ちょっとした金持ち気分が味わえる。しかし物価が安いという事は、人権費が安いということで、現地の人達は貧しいということ。観光客と現地の人達の間に身分の差みたのが感じられた。

ホテルの入口近辺では、大体いつも観光タクシーの運転手が客引きをやっている。はじめは、親しげに話しかけてくれる彼らに親近感を憶えるのだけど、次第とそのしつこさにうんざりしてしまう。個人タクシーと交渉するのには気がひけたので、ホテルの前にあったツーリストみたいなところで、半日間運転手を雇って、島を案内してもらうことになった。ベニーという名の運転手は、内気でおとなしく、我々に好印象を与えた。その夜は、砂浜にテーブルを並べて夕日を眺めながら食事ができるレストランで、彼と一緒に夕食を食べた。そして契約どうりの25ドルぐらいの案内料を払った後、20ドルのチップを渡した。喜ぶベニーの顔をみながら、なんだかバリに友達ができたようで気持が良かった。

翌朝、ホテルの入口の前でたむろしている客引きの中にベニーの姿をみた時は、ちょっと気が沈んだ。気が優しくて、おとなしそうなベニーでも、生き残るためにはしつこい客引きにならなければいけないんだなという、バリの現実みたいのを痛感した。

我々は、その後もべニーを一日雇って火山のあるキンタマーニや芸術の街として賑わうウブドとかを案内してもらったり、帰る日には、空港まで普通にタクシーに乗れば2ドル前後ですむところを、彼を20ドルで雇った。ベニーの英語は片言だったので、あまりこみいった話しはできなかったし、客と雇われ運転手というバリアみたいなものがあって、我々に常に遠慮していた。それは当たり前の事かも知れないけど、できれば友達同士になりたかった。

最初にベニーと会って夕食をした日、べニーは自分の生まれ育った家の事を話してくれた。そこは米栽培をする農家で、辛くて厳しい環境だったらしい。僕と彼氏をみつめながら、「俺もアメリカへ行きたい」とベニーが言った時には、複雑な気持になった。ベニーは農家の家族のところへ戻って、素朴なままでいてほしい、そう思った。

何だか、ベニーが主人公になってしまいましたが、バリではもうひとつ出会いがありました。バリ旅行を勧めてくれたNBさんが、たまたま同じ時に仕事でバリまで来てて、我々が帰る前の前の日に、クタの最北端ぐらいにあって、とてもおしゃれなイタリアンレストランで、一緒に夕食をしました。とても楽しい一時でした。

肝心(?)のゲイビーチは、大体の場所は分かったのだけど、ゲイ達は薄暗くなるまで行動しないようで、昼間はそういう雰囲気はゼロでした。たまにそれっぽい現地の人達に声をかけられることはありましたが、ゲイバー、ゲイカフェもみつける事はできませんでした。ヒンドゥー教自体はゲイに寛大だという話しですが、インドネシアというイスラム教のお国柄が、ゲイを抑圧してるのかもしれません。

バリの後、台湾で3泊しました。台湾は中国から独立した国というアイデアを抱いてたのだけど、博物館などをまわりながら、歴史の勉強をしてみると、今だに中国の正式な政府はどこにあるのか曖昧だったりするみたいですね。難しい問題です。

10年ぐらい前に台湾を訪れた時に、台湾は日本より一足遅れてるという印象を抱いたのですが、それは今も同じですね。でも地下鉄が走り、大規模な地下街があったりと、場所によっては、東京に居るような錯覚をおこすところもありました。そしてゲイバーやゲイショップもあり、ゲイ革命も着実に進んでいるようでした。

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Last modified: Mon Jun 3 22:22:28 PDT 2002